一つの世界

これもまた一つの世界

未来

 宵闇に染まった街で、彼とぶらぶらと話し、歩いていた。大学生の騒ぎ声がする。月は雲に隠れ、ぼんやりとしか光を送らず、行く先を照らすのはほぼ人家と街灯の明かりのみ。ときにぼんやりと同じ角度で光に向かって旋回し続ける虫を眺め、ときに車のヘッドライトに目を細めていると、ふと彼が立ち止まった。僕は彼にぶつかりそうになって我に返る。目に留まったのは赤い信号の光だった。

 

 『僕はつねに前を見て進んでいきたい。なんなら今この道路を渡ってしまってもいい。』

「……君は真っ暗だとわかっていても歩き続けるのかい?」

『うん、だってその先には光があるはずだからね。』

「…僕は立ち止まってしまったから、君に問おう。君はどうして歩き続けられるの?」

『単にその先に光があると信じているだけだよ。』

「…じゃあ言い方を変えよう。どうして光があると信じられるの?」

『それは……わからない。けど、きっとあると信じた方が楽しいじゃないか。』

「…なるほど、わかった。何もかも。ありがとう。」

 

 ――わかりきったことを聞くのはよろしくないと、そんなことを思った。きっと彼はこれまでに暗い道を歩んできたとき、光に行き当たれた。そして僕は行き当たれなかった。その経験の差がこの考え方の差を生み出す。はたまた、根本的な考え方の差なのかもしれない。陳腐な言い方をすれば、ポジティブであるとかネガティヴであるとか。そしてあるいは。僕は目を閉じる。あるいは、それはただ彼にとっての光が…光が、とても薄いものなのかもしれない。僕が求めるまばゆい光ではなく、ぎりぎり前が見えるような光でも、彼にとっては光なのかもしれない。確かにそれも一つの答えかもしれない。ただ、そんなことはどうだって良いのだ。いずれにせよ、僕は何もない、暗がりですらもないこの街の中を、ふらふらと、真っ直ぐに、歩き続けなければならない。僕は彼らのように踊ったりもしないし、また、うずくまって動かなくなったりもしない。ただ眼前の静けさに目を研ぎ澄ませ、来たるべき時を待つ。きっと来ないそれは、とても暖かくて、優しくて、それだけでまぶしい光なのかもしれない。はたまた、ただ僕を傷つけて去っていくだけの点かもしれない。そんなことは僕にはわからない。一つだけわかるとすれば、僕はきっときっと、それに出会えないということだ。それでも僕は歩いていくのか。歩いていけるのか。

 答えは一つ。僕はそう思った。それは、これまでの僕の道程が照らし出している。会えようが会えまいが、僕はただひっそりと歩き続けるのみなのだ…。

 いつか信号は青になり、「またね」とだけ言って、彼は歩きだす。僕は何も答えず、しばらく彼を目で追った後、この何もない道をひそかに引き返し、家へと戻っていった。月はまだ、雲の外に顔を出さないのだった。