一つの世界

これもまた一つの世界

雪に降られていたい

 雪の井の頭公園を散歩する。スーツケースを引きずって。傘を差して。落ち葉の群れと留め置かれたボートの連なり。曲がりくねった池を囲む道はひた寂しく、濡れた木製の椅子も人恋しさを連れてくる。手袋のない両手が冷たい。木々の静けさは耳に染み入る。ふと足を止めて空を見上げると、そこには僕の心が広がっていた。そして舞い落ちる雪。一見純白に見えるその雪に、僕は見とれた。ぼんやりと池を見ると、雪はただただ降っていた。水面に消えてしまうのが悲しくて、波紋が広がった。きっと消えてしまうそれは―。

 僕はまた歩き出す。一人で歩くスーツの黒装束。吹き付けてくる雪が解けてしまわないようにと、何度もコートをはたく。そのたび、温い悲しみがつきまとった。僕は雪が解けないで降り積もってほしいと願った。だがたいてい願いなどかなわない。それが世間の相場だ。それでも。それでも、心に降り積もる雪はきっと解かさない。だって僕の心はこんなにも底冷えしているんだから。

 ―その日の井の頭線の床は、いつになく濡れていたのだった。