一つの世界

これもまた一つの世界

あったか冬籠り

 冬は寒い。寒いから冬。そんなことを気にするようになったのはいつからだろうか。よく覚えていない。いつものように玄関を出た僕を唯一見送ってくれるのは、すぐに消えてしまうドアの閉まる音。ひたすら乾燥していた。目の前を横切る道。たくさんのアパート。電車の路線。葉をなくした梅の木はぽつんと独りで立ち、寒さに音を上げているようだった。いつの間にか個性を消してしまった都会の空気の中、未だ溶け込めずに浮いたまま、僕は彷徨っていた。誰もが冷たい向かい風だった。僕は毎日吹き付けてくるこの向かい風に一人で立ち向かっていた。

 気付けば景色は変わり、大通りに出ていた。赤信号で立ち止まっている間、管理されるのはとても簡単だしやりやすいなどと思っていた。赤信号とはつまりそれだ。赤信号で止まって、青信号で進むのは本当に楽だ。気付けば信号は青に変わっており、歩き出そうとして、ふと違和感に気付く。―バッグを持ってきていない。今日の講義のプリントがない。大丈夫、友達………はいない。大学でまともな友達はいなかった。仕方ない、一度戻ろう。大して急ぐわけでもなく、僕は来た道を引き返して家に戻った。追い風だ。大学に向かうのに比べてすごく労力が要らないと思った。

 アパートに戻ると、優しいドアが僕を待っていてくれた。鍵を開けて中に入ると、いつもの何もない団欒がそこにあった。僕は靴を脱ごうとして腰かけた。それから―。そのまま座っていた。座り続けていた。そしてなんとなく鍵を閉めてしまった。なんとなく。ここは暖かかった。廊下に大の字に寝転がって、天井を見上げる。未だ電気をつけていない廊下は薄暗く、天井に何があるわけでもない。それでもそこを見続けていた。再び、ここは暖かいと思った。この都会に残された防風林よ、僕を守ってくれ。いつまでも寒さに打たれ続けるのはつらいんだ。

 よし。立ち上がって僕は思った。明日からの講義はちゃんと出よう。でも今日は休もう。そんな日があっても良いじゃないか。高校時代に皆勤だった僕は果たしてどこに行ったのかとも思うけど、まあそんなのは知らない。ただ、僕を守ってくれるこの場所があれば、きっとまた外に出ていけるからさ。だから今日は、暖かい場所にいよう。

 ―次の日、僕は大学に行かなかった。