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一つの世界

これもまた一つの世界

小学校時代②

 前回は主にサッカークラブのことについて書いたけど、今回はそれ以外で小学校時代に印象的だったことを適当に書いていこうと思う。

 まず、僕のことを避ける人たちがいたことについて。これはサッカーの人たちも含めてだけど、僕のことを避ける人たちがいた。3年生ぐらいだったか、僕はそのうちの1人になんで避けるのかと聞いた。今となればこういうのをずかずかと聞くところがまず避けられる理由であると思う。それは置いておくとして、避ける理由を聞いたところ、「泣かないなら話しても良い」と前置きした後で、「べたべたしてきて気持ち悪い」と言われた。これは一つこの後の僕にとって大きな言葉だった。僕は泣いた。構うな、泣いてない、といった感じのことを言いながら泣いた。今でもそうだけど、どうにも感情が溢れてきてしまって涙があふれてきてしまうことがある。これはどうにも制御不能で、今になってもあれは不可抗力だからしょうがないと思う。とにかく、僕はこれ以降人にあまり触れなくなった。人が触れようとすると躱すようになった。ある種これはトラウマなんだと思うけど、これのおかげでそれ以降こういう問題はあまり抱えなくなった。

 次に、これはただの思い出話になるから飛ばしてもいいんだけど、小学校時代にずっと仲良くしていた友達がいた。この友達は僕の1学年下で、僕の家の裏の辺りに住んでいた子だった。後に僕の中学校の生徒会長になった彼は、少し病弱で、親に勉強をさせられているような子だった。彼も例のサッカークラブに入ったんだけど、彼は父親がサッカーをやっていて、それなりに足元でのボールの扱いはうまかった。ただ、体力等があまりなく、それなりだった。僕は彼と毎日のように遊んでいた。サッカーもしたし、ゲームもしたし、彼の友達の僕の1学年下の友達を集めて遊びもした。多分今でも僕が年下の人が割と得意なのは(と言っても一般レベルからしたら全然だと思うけど)、このときの経験があったからだ。僕は彼より運動も勉強もできたし、彼はどこか僕を慕っているようだった。僕らは本当によく遊んだ、小学校時代は。彼と遊んでいたときは、小学校時代で一番楽しいときだったと思う。ただ、この関係は彼が中学生になって終わってしまった。それは、中学では先輩後輩という関係ができてしまったからだ。中学生の僕は、これは本当に悲しいことだと思った。なんで先輩後輩なんてものを作ったんだと思った。僕はあくまで友達は友達でいいと思っていたし、今だって僕は年下の人にため口でしゃべられるのは全然問題ない。僕自身は年上の人にため口なんて言語道断だけど、僕がそれをされるのはまったく構わない。それなのに、あの中学の空気にいるようになったら、それを強制されるようで、どうにもお互いに喋れなくなってしまった。これは中学時代で一番悲しかったことかもしれない。

 最後に、こんなことばかり書いていても普通の人はつまらないと思うと思うから、ちょっと女子について書こうかと思う。因みに、これまでの話はすべて対男子のことだとも言っておこう。話を戻すけど、女子と言っても正直それほど思い出はない。僕はどちらかと言うと昔は女子の方が仲良くできた。というのも僕はいつまでもふざけていて列にならない男子より、ちゃんと列になってしゃべるのをやめる女子みたいな人だったからだ。だから結構仲良くしやすかった。僕は4年生ぐらいまではいじめっ子含む男子より、女子の方がある程度は仲良くできる人が多かった。ただ、5年生ぐらいになるとそれなりに意識するようになったのか、そこまで…という感じになった。あと、女子に関して言えば、誰誰が好きみたいに言われて祭り上げられるのが絶対に嫌だったので、誰も好きだと思わなくなりたいと思っていた。そうして実際にあの人が好きだみたいなのはなかった。容姿的な意味である程度気になるみたいなのはあったけど、それ以上は何もなかった。これは今僕が未だに誰も好きになっていない大きな理由の一つだとは思う。そして誰誰が自分のことを好きみたいに言われると、噂になるのが嫌で避けた。この辺については中学について書くときに譲ろうと思う。

 完全に忘れていたことを思い出したので、最後に付け加える。前回の記事の最後のところに、僕が人と関わるのが苦手になった理由に「もう一つ重要なのは、本能が非常に歪だったことだと思っている」という風に書いたので、これについて書きたいと思う。これは小学校時代にカテゴライズするのが正しいのかわからないけど、これまでにも書いてきたように、僕はもともと泣きやすく、人見知りが激しく、それだけで人とうまく関われないのに加え、人間的に攻撃的だったのだと思っている。今ではそこまでではないと思っているんだけど、かつては人を下に見る癖があったというか、それに安心する気持ちが強かったんだと思う。それでいて、自分は攻撃に対して非常に弱かった。ここの差異がすごくあった。昔と違って今ではあまり人としゃべれなくなって、研究室の助教にはいつも酒を飲んでから研究室に来てほしいなどと言われるレベルになったんだから、僕は変わったんだと思う。ただ、これで人は変われる、みたいには思ってほしくはない。この変化に関して言えば、何が変わったかと言うと、「内」の意識の中に入れない存在が増えたという変化なのであって、これは意識して変化させているものではない。僕は決して人は根本的に変われないと思っているんだけど、小手先でいくらか本能を見せる範囲を変えることもできると思っている。そして、この変化については、その小手先でなんとかしたことなのだと思う…すなわち、本能に対して蓋をする、これが僕の考える理性という「手」の基本的な役割(そしてこの理性の「手」はある程度凝り固まると動かなくなってしまうのが厄介なところ)なんだけど、それを無意識的に行っただけだと思う。これは学習的な無気力というものに似ている気がする。僕のこの件に関して言えば、「内」の意識に入れる人を理性的に、学習的に減らしたのではないかと思っている。話が変な方向に行ってしまってわかりづらくなったけど、とにかくそんな感じで矛盾した性質をもともと持っており、それを正しく世間の空気に触れさせたら、本能だけではなく理性の「手」の役割も加わって、人と関わるのが苦手という性質が加速したんだと思っている。

 さて、短いんだか長いんだかわからないけど、今回はこれぐらいにしておこうと思う。とりあえず小学校時代は終わりにして、次回は中学校時代を書こうと思う。最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。