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一つの世界

これもまた一つの世界

ねんまつねんし

何にも考えていない

 年末年始は嫌いだ。一年で最も寂しいときだから。周りのみんなはどこかに行ってしまう。僕は外が人だらけなのが好きじゃない。結果独り籠る。いや、いつも独り籠っているんだから、そんなに悲観すべきことじゃないはずなんだけど。普段よりも独りでいないことを周りが当然としているというか。多分そういう空気があるからいつもの独りよりも独りがより際立つ。ただそれだけの話なんだと思う。とりあえず、僕は年末年始がとても嫌いだ。年が改まって何があるわけでもない。新年のあいさつに行かなきゃいけない。初詣なんて10年単位で行ってない。本来は今日あたりは何か来年の抱負を言うべきなんだろうけど、生憎僕は年が明けるからと言っても何もないから特にない。ただ、当たり前の日常が幸せであってほしい。僕は何にもない日常がとても楽しくあってほしい。空っぽで楽しくあってほしい。ちょうどこの間予約したゆゆ式を見ていたから、ノーイベント・グッドライフに対する欲求が強まった。外部を傷つけずに内部だけでひたすら楽しくしていたい。虚無で語るべきこともない日々が永久に続いていくのは見え透いている。僕は永劫高校時代を夢見て虚ろな毎日を過ごし行くのか。それでいいかもしれない。違う。それしかないのだ。希望は誰かの手で、僕の手ではない。その時点で終わっている。逆に僕が希望の手を伸ばしたい人も本当にそうそういない。僕は僕の倫理の一番の信奉者であるから、僕の理性が幸せになるべきだと思っている。また、同時に僕の本能は倫理に悖るから幸せになってはならず、潰すべきとも考えている。でもそれはできない。届かない。そこまで深く入り込めない。諦める。そんなことより、僕は僕の倫理に照らして、幸せになるべき人、幸せになってほしい人、そんな数少ない人のことを考える。彼ら彼女らのためなら、僕は手を伸ばしたい。きっとそれは僕の幸せなのだ。つまりはその人たちのことを愛しているんだろうか。わからない。実際のところどうなんだろうか。そして最後に、当然ながらその中に僕の本能の存在はない。残念ながらそれは事実だ。多分みんなからしてもそうなんだと思う。

 年末年始の憂鬱に中てられて思うがままに書いてしまった。久しぶりの感覚だ。ねえ、どうでしょう?あなたたちはどうでしょう。僕は負け犬だけど、あなたたちはどうなんでしょう。僕にだけこっそり教えてよ。