一つの世界

これもまた一つの世界

雪に降られていたい

 雪の井の頭公園を散歩する。スーツケースを引きずって。傘を差して。落ち葉の群れと留め置かれたボートの連なり。曲がりくねった池を囲む道はひた寂しく、濡れた木製の椅子も人恋しさを連れてくる。手袋のない両手が冷たい。木々の静けさは耳に染み入る。ふと足を止めて空を見上げると、そこには僕の心が広がっていた。そして舞い落ちる雪。一見純白に見えるその雪に、僕は見とれた。ぼんやりと池を見ると、雪はただただ降っていた。水面に消えてしまうのが悲しくて、波紋が広がった。きっと消えてしまうそれは―。

 僕はまた歩き出す。一人で歩くスーツの黒装束。吹き付けてくる雪が解けてしまわないようにと、何度もコートをはたく。そのたび、温い悲しみがつきまとった。僕は雪が解けないで降り積もってほしいと願った。だがたいてい願いなどかなわない。それが世間の相場だ。それでも。それでも、心に降り積もる雪はきっと解かさない。だって僕の心はこんなにも底冷えしているんだから。

 ―その日の井の頭線の床は、いつになく濡れていたのだった。

11/27の掲示

 好きな人、不確定性原理、無関心な人…。反芻してみると咀嚼できていないものがたくさん這い上がってくる。人と話をするというのはなかなかに興味深い、そんな風に思えた。思っている。だからあれは実りのあるものだった。僕の平生はそのままに、他人の世界を覗いていた感覚。それは確かに底知れぬ、深遠なる深淵だった。僕はこれを、僕自身を見ているなどという難しい話に置き換えるつもりはない。難しいのは苦手だから。ただ僕はあなたの話を聞いていてそれをおもしろいと思ったし、別のある程度好きな人のそれを聞いてみたいとも思った。閉ざしがちな僕としてはとても好ましい感覚だろう。…三日ぐらいでこんな感覚は消えそうだ。

 今日も僕の周りではたくさんの出来事があった。そしてただそれを見ていた。だから書くべきことなど何もないのかもしれない。僕はたいてい主体になりたがっていると思うから、たまには客体になっても良い。僕の好きな人たちが楽しそうなのはとても良い。

 そうそう、ちょうど通話の話題が出たからそれよりさらに発展した「会う」というやつについて話しておくと、僕は一度だけ会ったことがあるんだけど、それはまずまずの成功を収めたと言って差し支えないと思う。ここに至る過程として通話等をしていたのでやりやすかった。ただ、それ以降またやりたいかと言えば微妙だ。それは単に僕がコミュ障故に相手に嫌な思いをさせるのが嫌なだけ…それはつまり却って自分の不利益になるのが嫌なだけだ。よって、それがないような関係性ならありなのかもしれない。そんな関係性が存在するのかは知らないけど。

 ……適当に書いたけど、こんなことどうでもいいね。(結論)

野性を見る

大自然の中、濁る川の中、蜘蛛の巣の中。

この川の中にはさまざまの野生がいるらしい。

内臓だけを喰らうもの、一同に介し何もかも喰らい尽くすもの、丸めて一飲みにしてしまうもの。

これはまさに品がなくて美しい世界だ。資本主義特有の美しさだ。

あゝ、その華麗さで僕を埋めてくれないか。

この意識がなくなった無意識の果てで、僕も生き延びていけないか。

意識を持った意味が全体のためなら、そもそもこれは資本主義的でない。

 

もしやるのなら、ゾンビになってライバルのゾンビと闘いたい。

それだけが僕の願いだ。

よどみにうかぶうたかたは

 負け犬を聞いている。優雅だ。優雅な夕方には読書が似合う。読書をしながら紅茶を飲む。英国人か。英国人かぶれか。僕は日本人だからそんなことはしない。僕にとって優雅な夕方はぼーっとして思索に耽っている夕方だ。そこには何もない。ただ座っていても良いし、寝転んでいても良い。そしてこれは確かに僕にとって優雅だけど、だとしたら僕はそんなに優雅な夕方が訪れなくても良いと思っているかもしれない。我ながら変な人だ。

 僕は普段絵を描かないから、人が絵を描くのを見ているのも変な気分だ。そしていい加減音楽がうるさいと感じる。好きな音楽であろうと考えようとするときに紛れ込んでこようとするのは許されない。いや、これは僕のせいだ。本当に深く入り込めば音楽というのはまったく感じなくなる。経験上それを知っている。

 負け犬を聞いているのは確かに優雅な夕方だけど、実際はそれを聞きながら聞かずして思考の世界を彷徨っているのが楽しいだけだ。それが優雅なだけだ。紅茶を飲んで読書をしても、実際は本の世界に沈んでいるのがおもしろくて、そこにどうでもいい外から見た自分を意識して、それを優雅だと言っている。やはり僕は英国人とは違うらしい。高い買い物をしてその値段の高さに媚びを売るタイプの人種ではないらしい。むしろそこにその手のいやらしさを感じてしまう。僕は質素に簡素に生きたい。金は要らない、生活がまともなら、そしてある程度楽しめれば、他はドブに捨てたい。

 色塗りは少しずつ色を重ねていって完成していく。少しずつ暖かくなっていく。僕はいつもたくさんの欠片を作って、それを散らばらせておくだけの人間だ。誰かがそれをつなぎ合わせて補完してくれないと完成できない絵だ。そんなことを思い始めている今、音楽が長い間止んでいた。これだ、これが僕にとっての優雅な時間だ。はてさて、あなたにとっての優雅はどちら様?

中学校時代②

 僕は人前では良い子ちゃんになろうとする(が、コミュ障なのでなりきれない)人だったので、先生との関係も特に悪くなかった。いや、これは訂正しなければならない。家庭科の先生がなぜか僕のことを嫌っていて…おそらくこれは姉がソフトテニス部で、この先生がその部の顧問であり、姉は結構この人を嫌っていた感じがあるので、その影響が強かったのではないかと思っているんだけど、とりあえずこの先生は僕がテストで98点をとって学年トップだったのに、テストを返却した後に意味ありげに「テストの点数が良くても、提出物を出さない人には5(5段階評価で最大評価)はあげません」と言っていて、でも僕は全部提出物出したし関係ないなと思っていた…んだけど、通知表で4にされて、「なんだこれは」と思った覚えがある。勝手に目の敵にされるのはちょっと気持ち悪いけど、僕はこの先生のことはどうでもよかったので、正直本当にどうでもよかった。他に異端のタイプの先生がいたとすると、国語の先生が嫌われていた。そして僕もこの人は教師としてダメだと思っていた。「親友だ」が形容動詞だと教え始めたときには本当にこの人は…と思った。掃除の時間にだけど、女子トイレに入って女子を泣かせてもいた(これは掃除の時間なので弁護のしようはある)。まあダメな先生はダメな先生でそれに対抗して生徒がある程度一致団結するのは悪くないのかもしれないと、今ではそんな風にも思うんだけど。僕はこの人はダメだと思っていたけど、やはり特に嫌いという感じにはならなかった。中学生にとって(いや、これは大学生になってもだと思うけど)裏で教師をいじるネタは基本なので、そんな感じでやっていた気がする。そんなによく覚えてはいない。さて、変な先生についてはこれぐらいにしておこう。僕はちょっとは勉強ができるタイプの人だったので、先生には基本的に一目置かれていたんだけど、授業中にわかる人手を挙げて、みたいなやつには一切手を挙げなかった。だからそれについては先生にもっと手を上げようみたいに言われたけど、これはどうにも人前が苦手な性質上無理だとわかっていたので改善しようがなかった。

 数学の先生には好かれていたのか、僕が一番に数学の問題を解き終わって他の人が解き終わらない時に、何かと話しかけられていた気がする(僕は数学が一番苦手なんだけど、中学レベルならなんとかなっていた)。死ぬ前になんでも食べられるとして何が食べたいかと聞かれて、スイカだと答えた覚えがある。この頃から僕には大して物欲みたいなものがなかった。僕の欲はそっちの方向には向かないらしい。幸せなことと言えば、好きな人と話しているときが一番幸せだと割と思う。他には、3年生のときに担任だった先生のこともよく覚えている。田舎で僕は第一志望が安泰だったので、三者面談のときに勉強について話すことがなく、「そういえば浮いた話を聞かないね」みたいな話をされていた。僕は「ええ、そういうのは(この時期からやることじゃ)ないです」と、割と胸を張って答えていた。というのは、この頃から付き合うというのは大学生以降にやるものだと思っていたからだ。付き合うというのは将来を決める重大事なので、中学生からやるもんじゃないと思っていた。だってその人と生涯を一生共にするような重大事だ。でもこれは僕以外の人にとってはどうでも良かったから、別に他の人が付き合っていようがなんだろうが特に問題なかった。とにかく僕は真面目な優等生のようだった。それでいて人前が苦手で前に出たがらない変な子だった。もちろんそんなことは誰にもわかっていたはずなんだけど、3年生で学級委員を決めるときに、誰も立候補しなかったために投票になって、そのときになぜか僕の名前が上がって2番目になった。僕は1番じゃなかったので胸を撫で下ろしたんだけど、この担任の先生は「じゃあ2番の人は副学級委員にしましょう」などと言い出して、僕は副学級委員なるものになった。これまでにそのようなポストはなかったし、これはその先生がこのときに思い付きで作ったようなものだった。僕はこれに対して、先生としては僕にこういう経験を積ませて人前に出られるようにしたいと思っているんだと思ったし、そういう意味で副学級委員などというものを作ったんだと思った。だから変なものだとは思ったけど、それは先生が生徒のためにやることとして間違っていないと思ったから反発はしなかった。ただ、先生に「僕が2番だったから副学級委員なんて作ったんですよね?」みたいなことを言った。そのときはお茶を濁されたんだけど、数年前のクラスの同窓会でその先生に会ったときに、その通りだったと言われた。僕はそういう中学生だった。2年生のときに新人の社会の先生が来たんだけど、僕は塾に行っていたので勉強内容について少し把握していて、その先生の授業のペースが良くないということについて友達に話したら、それがなぜかその先生に知られて、そのうちに先生から「何か言いたいことある?」と聞かれた。何もないと答えたけど、この先生は1年目だったので、ひどいことを言ったもんだと今では思っている(というかなぜ筒抜けになったのか)。…うん、とにかく僕はこういう中学生だった。

 塾の話が出たので塾について話しておこう。僕は週2回ぐらい塾に行っていた。僕にとってこの塾は遊びの場所という感じだった。勉強は普通にできて、一番上のクラスで多分2番目にできて、県内の統一テストでいつも塾内で2位だった。このクラスは授業中はだいたいいつもにぎやかで、無駄知識などを仕入れて楽しんでいた。ただ、問題を解き始める段になると結構みんな集中していて、良いクラスだった。ここでできた友達とは、今でも仲良くしている人がいる。僕が大学時代に一番世話になったというか、よく遊んだ友達はここで仲良くなり、同じ高校に進んだ。一人は塾内でいつも1位だった人で東大に(この人は理一に行ったんだけど、理三の合格点まであと10点未満だった)、一人は浪人して慶應に行った。僕らはよく3人で大学生になってからも会っていて、社会人になった今でも交流がある。今でも一番仲が良い人達かもしれない。僕にとってこの塾は、友達と話す場だというのが一番の認識で、勉強はまあ適当にやっていた。そしてこの1位の友達がいたので、僕は全然まだまだなんだと知ることができた。ただ、だからといって僕は勉強があまり好きではなかったので、その人を超したいとは思っていなかった。いや、どれだけやっても天性のものがあるからやるだけ無駄だと思っていた。そんなこんなでこの塾での経験は、勉強というよりも高校時代に仲が良い人を作るうえでとても重要だったと言えた。中学時代の僕は、早く高校生になってこの人たちと一緒の高校に行きたいと思っていた。多分この状態ですでに僕が一番楽しかった高校時代の下地はある程度できあがっていたんだと思う。もう仲が良い人たちが同じ高校に行くことが確定していたんだから。

 やはりこういう風に思い返していくと、どうしても周りの環境の重要性というのが身に染みる。中学でも塾でも楽しめたのは周りの人たちのおかげだった。もちろん高校が楽しめたのも。そして大学は……。

 さて今回も長くなってしまうのでこの辺にしておこうと思う。次回は多分少し後になるかと思う(とか言っておいてどうなるかはわからない)。次回も中学時代の続きだけど、次で中学時代は終わりだと思う。ではではあでゅー。

強く生きよ

孤高の天使のその化身

傷を負っても知らぬふり

気高き正義の存在は

小さな国の王様よ

 

人に愛され媚びを売り

獲物を見つけ手を伸ばす

勝手気ままな自由さも

許される身は羨まし

 

逃げて隠れて生き抜いて

保健所だけは免れた

嫌われ続けるその主は

いつかの僕のそのままだ

 

猫の世界も闘争で

世の柵を逃れ得ず

猫になりたい心など

この秋空に吸い込ませ

そこはかとなくかきつくれば

「そこはかとなくかきつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」

 ――本当に適当に思っていることなのか思っていないことなのかもわからず、ただ書き綴ってみるというのは、それは会話に近い挑戦なんじゃないかということを今瞬間的に思ったけど、やはり書くには時間がかかるから、その分考える時間が生まれて会話よりもずっと楽だし、これを会話という最高難度のあれと較べるのはおこがましい。ただなんとなく、それこそ「硯に向かひて心に映り行くよしなし事を」書いてみたら何ができるかというのが気になった。だから適当極まりなく言葉を羅列していく。僕は文字のみブラインドタッチがまともにできるので、これを書くぐらいは普通にできる。僕がPCを使うようになったのは大学生になってからだけど、今となってはPCが手放せないものとなっている…主に麻雀をするためにだけど。仕事の性質上ちょっとはPCについてわかるようになったけど、僕がやっているのはSSDを取り外して内容をコピーしたり、BIOSをマニュアル通りにいじったりしているだけだから、そこまでわかっているわけではない。だから未だにあのファンがダメになって使えなくなったPCを分解して直そうという気が起きない。

 ふと「価値」というものに思いがぶーんとワープする。ワープに正しい擬音とは何か。そんなことは良いとして、僕には価値がない。いや、価値がある面はあるかもしれないけど、それはリアルにおいて優先されうるべきものではなく、後ろの方に隠れていると言った方が良いか。おそらく僕の価値のあるようなところは、前面には出ない…と、そう思っていてほしい。すなわち、これは僕が単に価値がないという事実から目を背けるための冗談のようなものだ。そんなことを暴露してしまっては何の意味もないとは思うけど、そう考えて初めて僕には価値があるかもしれないと言える。そもそもすべては「君の心の価値は薄い」の一言に尽きると思うのだ。まさにその通りで、それ以上でも以下でもなく、僕には価値がないということが突きつけられる。そしてきっとそれでいい。それを正しくきちんと認めて、ただ今の僕の状況が僕のすべてであると受け入れて、後は適当に灰色の日常を延々と続けてやがて来る死を待つのみだ。

 大学生になってから眼鏡をかけるようになったけど、眼鏡は周りが見えなくならないようにしているだけではなくて、本当の世界から遠ざけるものなのかもしれない。僕にとっての世界はきっと歪んでぼやけている。あの優しくて楽しかった日には、もう二度と戻れないのだ。